法医実務において死因や損傷の陳旧度の判定は重要な実務の一つであり、その思考過程は解剖・検査の結果に基づく帰納法的推論であるが、客観性且つ正確性が求められることは言うまでもない。しかしながら、死因判定は、解剖における肉眼所見、病理組織所見を中心として、限られた検査所見に基づいて行われているのが現状である。一方、同じ応用医学に分類される、種々の臨床医学分野においては、診断精度向上のために、遺伝診断や新規の診断マーカーの発見など、最新の技術・知見が導入されている。したがって、法医学は、臨床医学と同様に実務的な応用医学としての特色を持った学問であり、常に最先端の基礎研究の知見が応用されなければならない。
人の死や損傷は、生体に何らかの侵襲が作用した結果である。生体に侵襲が及ぶと、全身性・局所性に障害が生じるが、臓器・細胞の恒常性を維持するために様々な生体反応が生じ、これが破綻すると死に至る。「侵襲」とは、生体の内部環境を乱す可能性のある様々な刺激のことで、外傷、中毒などの外因性のものにとどまらず、心筋梗塞、心不全や急性膵炎・劇症肝炎といった内因性疾患も侵襲として捉えられている。したがって当教室では、これまで「侵襲と生体反応」を主テーマとして、法医実務で遭遇する諸問題について、サイトカイン・ケモカイン、時計遺伝子、自然免疫にかかわる細胞・分子を法医学への応用を試みるとともに。さらに法医学領域にとどまることなく幅広く研究を展開している。